未来への絶望がうつを招く。

僕のうつはいわゆる頑張りすぎてバーン・アウトして心がポッキリ折れちゃうタイプの古典的うつじゃない…。

でも明らかに焦燥感、不安感、喉のつまり感などのうつに関連した症状が出ているので、うつといえばうつ。

うつやメンタルに関する本を少し読んだ限りでは、抑うつ神経症とか、軽症うつ病とかに分類されるのかも。

ところで、僕がこういううつになったのは「未来に絶望したから」だと個人的には分析している。

初めてうつになったのは2年半前、2020年末、憧れの(?)海外就職のオンライン面接時のことだった。面接直前に激しいヒステリー症状、すなわち「えずき」が発動した。一次面接はやっとの思いでやり遂げたが、最終面接でくじけた。

面接当日の朝から吐き気とからえずきが止まらない。この分では言葉を発することもままならないだろうと思ったのだ。

そして断念した。

この瞬間、僕の憧れであった海外就職はおろか、日本での就職面接すら危ういのではないか、という不安に打ちのめされた。

絶望である。

このままでは、一生実家ぐらしのニートになってしまう。親元を離れ、自分の生活費は自分で稼いでこそ一人前の大人だと思っていたし、両親を心配させたくなかった。

あぁ人生終わったな。。。

面接でくじけちゃうなんて想像だにしていなかった。

こうして最終面接をお断りしたその日から、うつの症状が見られるようになった。

まず、やたら喉が詰まる。えずく。だからまともに食事を取れない。なんたって食べたものを吐いちゃうんじゃないかとおもって怖かったから。さらに、極度の不安で入眠が怖い。昼間に家にいると焦燥感に襲われてじっとしていられない。

こういう諸々の症状はまさにうつ状態のときに見られる症状だ。

激しい未来への絶望感がうつの原因なのだ。

それから1〜2年経ち、やはり時間による治癒力はすごいなと思った。症状もだいぶ和らいでいた。もちろん心療内科の薬も飲んでいたし、発症後に就いた仕事もそんなに大変じゃなかった。

ちなみに、仕事の面接は抗不安薬とドキドキを抑える薬を駆使してなんとか乗り切ることができたのは幸いだ。

そんなわけで、仕事もストレスフリー、かつ、うつの症状も安定していた。

ただ、強いて言うなら、喉のつまり感(ヒステリー球)ぐらいだろうか。それ以外は多分ほぼ寛解していたのではないか。ヒステリー球はホントにしつこかった。

ときは2022年末、体調も仕事もまあ順調、コロナも開けたとのことで、大好きな海外旅行に3年ぶりに行くことにした。タイ・カンボジアへの一人旅である。

しかし、再び「未来への絶望感」を味わうことになった。

今度は、旅行前日に、数ヶ月~1年ぶりぐらいに激しくえずいてしまったのだ。そしてあたまから血の気が引く感じ。迷走神経反射でも起こりそうな感じ。

なぜこうした身体反応が起きたか。想像するに、3年ぶりの一人海外という事実が、僕の不安を掻き立ててそれが僕の不安の許容値を超えてしまったのだろう。あの面接のときのように。

その夜は動悸が激しく一睡もできなかった。そしてもしかしたら一生海外旅行にすら行けない身体になってしまったのではないかと半ば未来に絶望した。

そしてやはり、うつが悪化したのである。

結果的には、エイヤーでなんとかタイ・カンボジアに行くことができた。もしここで折れてしまっていたら、いよいよ絶望が深まり、もっとうつの症状が悪化していたであろう。あのとき不安と戦いながら必死に家を出た自分を褒めてあげたい。

旅行中は、不安・焦燥感・貧血のようなうつ症状がやや強く見られた。詳しくは過去に記事にしているので、気になる人は(いないだろうが)遡って見てみてほしい。

さて、ここまでうつの発症、そしてうつの再発(あるいは悪化というのがより適当か?)について振り返ってみた。

やはり共通するのは、未来への絶望感である。

そもそも僕の海外に対する執着は相当なものがある。今の僕の価値観の大部分を形作っている。執着とはそれが好きであること、また期待することである。未来に期待すれば、挫折したときに絶望してうつになる。

一回目のうつは、「もう二度と海外就職できないのではないか、ひいては就職自体できないのではないか」という絶望から。

二回目の悪化時は「もう海外旅行すら行けないのではないか」という絶望からである。

先程も述べたように、海外は僕にとって希望の光だ。趣味だ。生きがいだ。

二回目のうつから5ヶ月近くが経とうとしている。症状は少しづつ和らいでいるが、未だに薬は飲んでいるし、時折不安感も感じる。

でも僕はまだ本来の目標であった海外就職(移住)を達成していない。

これからまた就職活動することになるであろう。そして、これまでと違うのは、面接で再び失敗するかもしれないと予測できていること、そして、失敗しても何度でも挑めばいいじゃないかと思えていることである。

僕は一筋縄では倒れない。レジリエンスを少しは身につけた。

失敗が織り込み済みであるならば、絶望はそれほどしないのではないか。さらば、うつの悪化も抑えられるのではないか。

身をもってこれから検証していこうではないか。

そんなことを思った2023年5月20日夕刻であった。

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