この頃の体調、特にヒステリー球について記しておきたいと思う。
相変わらず、鬱発症から2年たっても、ヒステリー球の症状はなくならず、うんざりしている今日この頃である。
一方、うつそのものは割とよくなっていることも事実である。
実際、ここ2~3か月くらいは医者から処方されている抗不安薬、抗うつ剤を減らす方向で進んでおり、体調も悪くない。
残すところ、朝飲んでいる抗不安薬一種類と、朝晩飲んでいる半夏厚朴湯という、ヒステリー球に効くとされている漢方のみだ。
遅かれ早かれ、抗不安薬は断薬できるだろうと思う。
これは非常にうれしいニュースだ。一歩、また一歩と鬱抜けしつつある。
ここでいったん、現在の自分の症状を整理しておこう。
まずは、動悸。
なぜかよくわからないが、会社にいるときは常に動悸がしているような気がする。特に、お昼ご飯を食べて、軽く昼寝をして目覚めた時が一番ひどい。
ただ、ネットで調べてみると、昼寝後に動悸がすることは割と一般的にあるようだ。
振り返ってみれば、鬱になるはるか以前、最初の会社に勤めていた時も同じような症状を経験した。
なので、これはよしとしよう。(よしとしていいのだろうか。)
問題は昼寝後以外にも動悸がしていることだ。
これは全く持って原因がわからない。仕事でもそんなにストレスを感じていないはずなのだが。
とはいえ、自分ではストレスを感じていないと思っていても、体は敏感に反応してしまっているということは往々にしてある。
ただ仕事を辞めるわけにもいかないし、今の仕事が自分史上一番楽なので、今のところ辞めるつもりはない。
いま思い出したが、もう一つ別の抗不安薬を飲んでいた時は、このような動悸はほぼなかった。
やはり、無意識のうちに不安を感じ取ってしまっているのだろう。
もう一つの症状が、冒頭にも述べた通り、ヒステリー球である。
ヒステリー球とは、喉に何か張り付いているような異物感、喉つまり感を感じる症状であり、咽喉頭異常感症とも呼ばれる。
鬱発症直後がもっともひどく、喉の締め付けが強いあまり、えずいてしまうことが度々あった。それゆえ、ご飯を食べることさえままならなかったのだ。
数か月たつと鬱を克服していくにつれて、ヒステリー球の症状も和らいでいった。
しかしながら、ゼロにはならない。
最悪期がレベル10とすれば、今は2~3、たまに4~5といった感じだろうか。
なぜ鬱が寛解したのにヒステリー球が消え去らないのかがわからない。もどかしい。
しかし嘆いてもしょうがない。
ひどい時に比べれば、今は、特に日常生活を送るうえで支障をきたしているわけでもないので、前向きにとらえることもできよう。
さて、今は日常生活を送るうえで、どのようなシーンでヒステリー球を強く感じるのだろう。
ここでまとめておきたいと思う。
まずは、暇なときである。
なにもやることがないと、ついつい、喉に意識が持っていかれてしまう。すると、みるみる喉が詰まってくるのだ。
これは厄介なことである。
逆に、何か一つのことに集中しているとき、具体的には仕事で手を動かしたり、筋トレや散歩などをしているときは喉つまりはほとんど気にならなくなる。
次に、プレッシャーを感じているとき。
これは言うまでもないかもしれないが、喉つまりがはっきり強くなるのを感じる瞬間だ。
例えば、友人や上司など、誰かに辛辣な言葉を投げかけられたときなど。
日常生活を送る中で、種々のプレッシャーを感じるのはしょうがないことではある。
さらにいうと、挑戦にはある程度のプレッシャーはつきもの。
これから海外就職に再び挑もうとする自分にとっては障害になるかもしれない。
とまあ、大まかにはこの2パターンがヒステリー球を感じるシーンである。
ただ最近これ以外にもう一つ、気づいたことがある。
それは、喉つまりが強めな日(4ぐらい)と、弱めな日(2ぐらい)があることである。
これは、強めな日にはプレッシャーを感じるような出来事があるとか、そういうのとは関係がないような気がする。
例えば、この記事を書いている2022年11月30日はやや強めな気がしていて、ここ5日間ぐらいそんな感じだ。
一方、11月の初旬~中旬くらいはそんなに強くなかったような気がする。
この差が何に起因しているのかがわからない。
一つ考えられるのが、天気である。
よく、低気圧になると頭痛がするとか、体調がすぐれないとかいう話を聞いたりする。
しかるに、もしかするとヒステリー球も天気とか気圧に影響しているのではないか、と思うのである。
実際、11月前半は秋晴れで毎日とても天気が良かった。一方ここ数日はちょっと天気が崩れがちだ。
ヒステリー球が天気に影響を受ける説は一考に値する。
さて、このように厄介なヒステリー球だが、どうすればゼロになるのだろうか?
僕の見立てでは、根本的な不安が解消されない限り、ゼロにならないのでは、と思っている。
根本的な不安とは、将来への不安。キャリアに関する不安である。
そもそも鬱になった原因を振り返ってみれば、海外就職の面接に失敗したことに起因する。
自分にとって大きな挑戦を前に、くじけてしまった。
あれから2年たった今、凝りもせず、自分の内側から、やはり海外に挑戦したいという思いが湧き上がってくる。
こういうことを考えると、やはり海外就職を達成することが当面のゴールのように思われる。
さしあたり、それがもし達成できれば、自分がここ数年成し遂げられずにもがいていた状況から脱することができる。
その時、ヒステリー球も和らいで、願わくばゼロになっていくのではないかと、ひそかに期待を寄せている。
それはそれとして、もう一つ取り組んでいることがる。整体だ。
半年ぐらい前から整体に通って、ヒステリー球の改善を試みている。アプローチとしては、整体マッサージによる自律神経の調整だ。
月一ぐらいで通っていたものの、残念ながら今のところ成果は出ていない。
これからは、鍼(はり)治療、指圧マッサージなど別の方面から、頻度を週一回にペースアップしてやってみようと思う。
少しでも、可能性のあることはやってみなければならないと思っている。
そのうえで、ヒステリー球がなくならないのなら、もうそれでいいとも思っている。
少なくとも、日常生活を送るうえでそこまで支障になっていないのだから。
そのぐらい緩く考えていないと、もしダメだった時に、それこそまた鬱になってしまう。
鬱になるのは絶望するからである。絶望するのは期待を寄せすぎるからである。
こうなりたい、こうありたいという理想の自分に向かって、希望をもって努力し挑戦することは尊いことだ。
ただ時には柔軟であることも重要だ。こうありたいという理想に一点集中しすぎて、それ以外はダメだという極端な考えは非常にリスクが高い。鬱になるリスクが高いのだ。
だから、もし、第一希望の理想がかなえられなくても大丈夫なように、第二、第三の選択肢は持っておく必要がある。
これが僕が鬱を経験して学んだもっとも重要な教訓だ。
選択肢を多く持つという柔軟さは大事にしたい。
それゆえ、この鬱、ヒステリー球の症状についても、最善を尽くし、あとは天命を待つということにしよう。
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