あー今日は仕事の日だったのだが、午後休をとってしまった。とってしまったといっても別に罪悪感がある訳では無いが。僕は派遣社員としてとある化学メーカーで働いている。それで、最近暇なのだ。一日の仕事をギュッと凝縮したら2〜3時間になってしまうだろう。一応、就業時間は7時間半ぐらいなので、それ以外の時間は、基本会社から貸与されているノートPCでブログを書いたり、自分のスマホで英単語のアプリをやったりして、こっそり時間を潰している。あんまりよろしく無いのだが、暇すぎるので許してくれたまえ。「できた」派遣社員ならば、そんなことはせず、直ぐさま社員のところへ行き、「なにかやることはありませんか、〇〇手伝いますよ」とか言うのだろう。でも僕はそこまで忠誠心もないし、別に何か+アルファで仕事をやったところで給料が上がるわけでもないので、まあ、基本は直属の先輩から指示がない限り自分からは動かないのだ。もちろん、与えられた仕事はしっかりこなしますよ。いわゆる、ホウレンソウもできていると思っている。与えられた仕事で、一定の結果が出たら、その都度報告している。だから社員さんからみたら結構普通にちゃんとした派遣社員だと思われているはずだ(そう信じたい。)。そんなわけで、近頃暇なのだが、今日に関して言えば、やることはほとんど無いに等しいな、と、朝出社して思った。というのも、いつも仕事の指示をくれる先輩社員が休みを取っていたのだ。本来、そういう場合は、前日に、翌日分の指示もくれるはずなのだが、今日に関して言えば、そんなこともなく。だから、今日やったことって、ぎゅっとしたら20分ぐらいで終わってしまう程度の内容だった。だから、「あ、これは午後はなんにもやることないな」と確信した。だから、午前の段階で、決めたのだ。今日の午後は休もう!と。幸い、有給休暇がまだ6日ぐらい残っていたので良かった。もし、有給休暇が残っていなかったら欠勤になってしまうので、我慢して会社で仕事しているふりをしていただろう。まあ、ブログ書いたりスマホいじったりできるのでそれはそれで良いんだが。。とはいえね、近くに社員さんがいたら、堂々とサボることもできないので、結構周囲には気を使わなければならない。基本的に周りに社員さんがいないときだけスマホいじったり…。まあ、絶対バレていないという自信は無いのだが、、まあ、今まで注意されたことが無いので、良いんじゃなかろうか。。ところで、やっぱり仕事が暇すぎるのも問題だと思うのだ。個人的に。ブログ書くって言っても、そんなにネタがあるわけじゃないし。英単語の勉強もすぐ疲れちゃう。実は1〜2ヶ月ぐらい前はそこそこ仕事が忙しかったというか、まあ、忙しいってほど忙しくはないが、程よく忙しかったというか。一通りやることやってたらもう夕方とか、そんなイメージ。なんか、程よく忙しい方が良いよなあなんて思ったりする。人間、暇には耐えられないよやはり。難しい。よく言われることだが、囚人に対する一番の罰は「仕事を与えないこと」だという。一日中独房の中にいたら気が狂ってしまう気持ちはよく分かるのよ。僕の場合はネットができるので単純比較はできないが、それでも、暇なのがしんどいよねってのはとても同意する。ちなみに、僕はちょいとメンタル疾患もあるので、暇は結構大敵なのである。暇にしていると、なんだか不安感が込み上げてくる。余計な心配をしてしまう。以前読んだ本で、悩みを解決するのに良い方法は「常に忙しくしておくこと」だと書いてあった。忙しくしておくことで、不安なことを考える余地をなくすのだ。全く持って同意だ。僕も、仕事が程よく忙しいときは、なんかこう、不安感を感じている暇が無い。そして仕事をやりきった後の謎の達成感。仮にその仕事がいかに社会的に価値を生み出していなくても、ブルシットジョブであっても、暇を追い払ってくれているという観点からすれば、無駄ではないと思う。さてと、今日は午後休を取ったと先程述べた。この記事はまさに今、午後に近くのファミレスで書いているものである。心置きなく、社員の目を気にすることなく、ブログを書くことができる。会社でサボろうと思うとちょっとヒヤヒヤしながらこの画面を開かないといけないので、あまり心穏やかではない。まあ、それはいいとして。僕は最近、海外転職に向けて、転職活動を行っている。目標はマレーシア就職だ。割りと誰でもできる仕事として、カスタマーサポートというのが結構一般的だ。ビザも降りやすい。らしい。はたして、それらの仕事はどの程度忙しいのか?ところで、僕が新卒で入った会社では営業をやっていたのだが、そのときは、時期にもよるが、鬼のように忙しかったな。一日2時間ぐらいの残業は結構当たり前で。更にお客さんや、社内のクセの強い技術社員と連携も取らないといけなかったので随分と消耗したものだ。でも、それと引き換えに、やはり、仕事が終わった後の開放感たるや。やっぱり人間、何かしら打ち込めるものがあって、自らをそこそこの忙しさの中に放り込むことは「アリ」なのかもしれないな。特に、メンタル疾患を持っている僕は、「リラックスする」「ボーッとする」ことがとても苦手なのだ。誰か教えてくれよ。今日は午後有給休暇をとったのだ。休めばいいじゃないか、たっぷり昼寝すればいいじゃないか。でも、こうしてブログを書いたり、勉強みたいなことをしてしまう。このクセは割りと昔からだ。どうしたものか。このチマチマした努力が実を結べばそれはそれで良いのだけれど。実を結ぶってのはあれですよ、ブログで月5~10万ぐらい稼げれば、実を結んだと言っていのかもしれないな。あるいは、英語の勉強を鬼のようにして、海外ドラマを字幕無しで見れるようになるとか、英語ペラベラになって、ビジネスレベルで余裕で使えるようになって、年収がバク上がりみたいな。だから、こういうチマチマした努力をやめられない。やらずにはいられない。ほんとに中学、高校ぐらいからこの調子だ。でもその御蔭で、結構勉強が得意だったし、そこそこいい大学に行けたというのもあるな。勉強なんて、ほとんど暗記みたいなもんだから、僕にみたいに毎日コツコツやってりゃ嫌でも高得点が取れたりする。でも、社会人になってからそれがこの身を助けるかどうかは分からない。正解が無数に存在し、不正解はそれ以上に存在し、正しいやり方でやらないと結果が出ないかもしれない。うーむ。今やっていることが正しいかどうか。わからない。まあ、英語に関しては、筋トレと一緒で、やったらやっただけ身を助けると思うので、続けたいところではある。ブログはどうなんでしょう。はて、とはいえ、今日の文章は、こころにわだかまっている思いをただブログの編集画面に垂れ流しているにすぎない。改行もまだしていない。メンドクサイ。あと、変換する時に違う漢字に変換されるともどかしい。いっそ全部ひらがなで書いてやろうか!そうそう、今日みたいなとめどない、目的のないメッセージ性もあんまりないような内容の記事を書くのは久々かもしれないな。でもそれも良いんじゃないかと。先日「書くこと」について詳しく述べられた本を読んだのよ。人間、自分が思っていることをアウトプットすることにそんなに慣れてないというか、そういう習慣がない人がおおいと思うのですよ。学生時代ならまだしも、社会人になってから、自分の心に浮かんできたモヤモヤとした思いを言語化しているひとってそんなにいないのではないか。でも幸い、近年はたくさんそれに適したプラットフォームがたくさんあるからいいよな。SNS、ブログ、ラジオとか。僕も、3ヶ月ぐらい前にラジオを始めてみた。ほぼ毎日更新できている。特に伝えたい内容がない日もあるのだが。。結局、話したくなるかどうかって、その日にイレギュラーな出来事が起こったかどうかによるような気もしたり。あとは、本を読んで新しい知識や考え方を身につけると人に話したくなる。僕の場合、気軽に話せる人、恋人とかもいないので、ラジオやこのブログを活用している次第だ。うむ。やっぱり言葉にするとスッキリするのだよ。例えば、会社でちょっと不快なことがあったとする。もやもやする。怒りが込み上げてくる。気持ちの整理がつかない。こういうときこそ、ラジオ、ブログの出番じゃないですか。そのもやもやをそのまま垂れ流せばいい。そしたら、芋づる式に結構いろんな言葉が紡ぎ出されていくと思う。ひとしきり、そのことについて喋り終わったらなんだかスッキリすることがわかると思う。なんか、一区切り付いた感じ。大体のこころのもやもやって、そう長くは続かない。あなたもそれはわかっているだろう。僕の場合は小さいことなら1日経てば忘れる。でもその1日がつらいのだよ!っていうときに、音声配信でもブログでもやってみればいいじゃないか。そうそう、なにか衝撃的な出来事が身に降り掛かった時に、人はその思いを心に押し留めておくことができないと思うのだ。いろんな形で溢れ出してくるだろう。ときには涙となって、時には叫びとなって。僕の友人でもブログをやっている人がいて、あまり普段更新はしないのだが、ある時衝撃的な出来事があって。彼はその時、ブログを数年ぶりに更新したのだ。やはり、文章を書いたり、話たりすることは、それなりにヒーリング効果があると思うのだ。うむ。別に、全世界に向けて配信しなくてもいいとは思う。紙と鉛筆があればそれで良いのかもしれない。僕はやったことがないが。僕はブログや音声配信のほうが好きかもしれない。この世の誰か一人でも読んでくれるひとがいるのなら、なんか救われる気がする。誰かの心が癒やされるなら、誰かの記憶の片隅に僕の文章がぼんやり漂っているのなら。僕の何でもないこの人生が特別なものになるのかもしれないな。なんかちょっと綺麗事言い過ぎてるかな。今日はこの辺にしようかな。そうそう、さっき言った、「書くこと」に関する本のタイトルがわかった。「書く習慣」だ。リンクも貼っておこう。著者いわく、何でもない日常だってブログのネタになるらしい。極論、「今日はなにもない日でした」っていうタイトルの記事を書けばいいよねとか。まあ、ともかく、この本を読んで改めて、「書くこと(アウトプットすること)」って良いよねって思った。ああ、何の話をしていたんだっけ。有休をとった、暇がつらい、適度に忙しいといいよね、とかいう話だよな。最終的に書くことって良いよね。に落ち着きました。そして気づいたら4000文字を超えたぞ!僕は大量に文字を書きたかっただけなのかもしれないな。よし、スッキリしてきた。後は改行して、体裁をちょっと整えて、今日の記事としよう。いや、やっぱり、改行せずにアップロードしてみよう。記事のタイトルは「改行なし日記」にしよう。
改行なし日記【6.28.2023】仕事が暇・書く習慣

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