偶然性に身をゆだねる旅。
先日インフルエンサーがツイッターで、日本でも海外諸国みたいに「ギャップイヤー制度」があればいいのにとつぶやいていた。
ギャップイヤー制度とは、高校や大学卒業後にすぐに就職せず、1年くらい休みを取ってインターンに行ったり旅に出たり、好きなように時間を過ごしながら自分探しをしていくというものだ。
僕もこの制度には結構同意する。
日本では高校、大学、就職と連なったまっすぐなレールをまるでエスカレーターを上るかのように、自分の意志とは半ば無関係に進んでいってしまう。
自分がこの大学がいいとか、この会社がいいと選んだものは本当に自分のやりたいことなのだろうか。
僕の場合は、そんなことはなくて、実際特にやりたいことも見つけられないまま就職へと至った。
就職の際も、大学の専攻が活かせるところという縛り付きで選ぶことになる。
さらにその大学の専攻は、高校時代に比較的点数の良かった化学に関係する学部だった。
比較的点数がよかったからといって、化学が心底好きなわけでもない。
その心底好きなわけでもない化学が、僕の大学、さらには就職先まである程度規定してしまっている。
まさに、化学の道に足を踏み込んだら、もう脇道の一切ないレールに乗っかったようなものだ。
そのレールをエスカレーター式に上って行って、押し出された先に待っていた社会、もとい会社は自分に合ったものではなかった。
それがわかったのは、会社に配属されて、実際に働いてからなのだ。
働いてみて、これは明らかに違うな。僕のやりたいことではないし、なんなら苦痛も感じる。
そんな僕は2年半で会社を辞めることになる。
ところでそんな僕でも、会社を辞めるころには、やりたいことが見つかっていた。
それは海外移住だ。
もっというと、英語が好きなので、英語圏で生活してみたいというものだった。
そのやりたいことは必ずしも仕事に直結しないが、少なくとも海外で英語を使った、ストレスの少ない仕事ならオッケーだろう。
当面その目標らしきものに向かって、希望を胸に秘めつつ、日々を送っている。
そもそもなぜ僕はやりたいことが見つかったのだろう。
それは大学卒業間近に3週間の刺激的なバックパッカー旅をしたからだ。
初めてそのとき海外に行き、まったく違う文化、価値観に触れたのが衝撃的だった。さらに英語で現地の人とコミュニケーションをとるのがこんなに楽しいとは思わなかった。
まさに新しい自分に出会えたのだ。
そういうわけで、ギャップイヤー制度がもしできたら、というか、そんなの待ってられないと思うので、自ら休学するなどのブランクを設けるのがいいのではないか。
そしてポジショントークにはなるが、休みができたらぜひ海外に出て、旅するなり、留学するなりしてほしいと思う。
大事なことは、コンフォートゾーンから一歩外に出て、今まで自分が全く触れてこなかった価値観に身をさらすことではないか。
僕の場合は海外バックパッカー旅がそれだった。
行く前はなんだか怖かった。だけど、友人に半ば強引連れ出される形で、コンフォートゾーンを出たわけだ。
これが大正解だった。
そして旅先では偶然の連続。すべてが予定通りに行くわけでもない。見知らぬ人との出会いの連続。
こういった不確実性の中に身を置くことは、自分のまだ見ぬ、予期せぬ世界と接触するよい機会だと感じる。
ギャップイヤーをとったからといって、一日中、一年中家に引きこもっていてはおそらく何も起こらない。
やりたいことが見つからない、そんな状況を変えたいのであれば、その真逆の行動をしてみようではないか。
それが今回この乱文にて伝えたいことだ。
ギャップイヤーの意義とは、ただ時間を作れることではなくて、それをどう使うか。
なんにもやりたいことがないという人は、とりあえず、旅に出よう。
そして自分自身を不確実性の風にさらそう。
以上。
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